初めてのポーランドでは多くの親切に出会いました。ヤヴォルの平和教会では教会のパイプオルガン演奏を収録したCDをいきなりプレゼントされ、戸惑ったり、喜んだり、ワルシャワの中央駅では広大な構内をバス停まで案内してもらい大助かりでした。いずれもたまたまそこにいた人たちで、CDは教会の受付でわざわざ購入したものらしく、バス停に案内してくれた人は売店で後ろに並んだ人でした。券売機の操作でまごついていると声を掛けてくれたり、乗車ホームの確認ができずに困っていると快く助けてくれました。
ポーランドは世界一の親日国、と言う人もいます。第1次世界大戦終結後、シベリアに残されたポーランド人の孤児たちを救出し、日本に迎え入れ、ポーランドに送り出したことがあり、それが今でも語り継がれているそうです。CDのプレゼントはそんな背景があってのことなのでしょうか。我々二人だけのために日本語での解説が教会内で流されていたので、訪問の記念にプレゼントしてくれたのかもしれません。十分なお礼を言えないまま、その方は教会から素早く出て行ってしまいました。
ヴロツワフという、中世の街並みが残る町には小人がいたるところに置かれていて、その数は300体以上と言われています。人々がそれぞれの思いやメッセージを込めて作ったもので、それらを見ていると町の人々に話しかけられているようでとても楽しい気分になります。35体ほどを発見しました。ハトにまたがった妖精、妖精にとってハトは飛行機代わりなのでしょうか。髭を剃ってしまって牢獄につながれた妖精もいます。
ヴィエリチカには深さ327m、全長300kmに及ぶ岩塩坑跡があり、その一部の3.5kmほどが見学コースとなっています。岩塩を採取した巨大な空間、奥行き54m、幅17m、高さ12mが礼拝堂となっていて、高い天井からは岩塩で作られたシャンデリアが下がっています。祭壇も周囲を飾る彫刻も全て岩塩、ここで働く人たちが創ったそうです。地下を掘り進み、巨大な空間を削り取る命がけの作業をする人たちの、祈りや慰めから始まったという、壮大で見事な地下礼拝堂、見応えがありました。地下深くで、働く人たちがひっそりと彫った完成度の高い彫刻の数々、異色の世界遺産ではないでしょうか。
ワルシャワは、第2次世界大戦で占領軍ナチス・ドイツが撤退する際に徹底的に破壊されましたが、戦後、市民の手によって旧市街の一部が見事に復原されました。瓦礫一つひとつをかき集めての復原作業は、ロシア、ドイツ、オーストリアという強大な隣国に何回も分割され、抑圧あるいは抹殺されてきた自分たちの歴史、文化、アイデンティティを、形あるものとして残し、後世に引継ごうとする、希望の作業だったのでしょう。瓦礫からの復原という偉業は、そんな国、そんな人々だからこそ成し得たことなのだろうと思います。1980年、「戦争による破壊と国民の意志の記録」として世界遺産に登録されました。
名前を知っている程度だったポーランド、楽しいだけでなく、有意義な旅でした。いつでも、旅はいいものです。