特別養護老人ホーム王子光照苑のお年寄りたちのアイドルである健太郎君は子犬のときに右前足を骨折して河原に横たわっているところを動物愛護団体に保護された野良犬でした。交通事故にあったと思われ、人にいじめられてもいたのか、車や人を極端に怖がる子犬で、怪我の治療や食事の世話などにはかなりの根気が必要だったようです。
世話係りだった水野さんが「餌をやるときに毎日少しずつ距離を縮めていき、数週間経って初めて手にある餌を食べてくれるようになりました」となついたときのことを嬉しそうに話してくれました。当時副苑長だった水野さんは現在苑長となり健太郎君を直接世話することはなくなりましたが、今でも健太郎君の「お父さん」的存在のようです。水野さんを捜して事務所をうろうろする健太郎君にスタッフが「お父さんは今いないよ」などと話しかけていました。怪我の治療、人を信頼しお年寄りに可愛がってもらえる犬となるための訓練、感染病を防ぐための人を舐めないしつけ、などを経て苑にやって来てから1年後にお年寄りたちにお披露目され、それから5年、演芸会での健太郎君への声援ぶりからもお年寄りたちに可愛がられている様子がうかがえます。
健太郎君の前任犬である太郎君は1996年5月に光照苑の駐車場で見つかった行倒れ犬でした。
苑の利用者のみなさんがご自分の食事を与えて世話をし元気になったとき、苑で飼ってほしいというみなさんからの要望で苑の飼い犬となりました。4年ほどで亡くなり、そのときは苑全体がもの悲しさに包まれたそうです。二代目はいつまでも健康でいて欲しいという願いを込めて健太郎と名づけられました。獣医さんの指導を受けながら、手作りの食事、午前中の各部屋訪問後の屋上での遊び、午後のリラックスタイムなど、体と心の健康維持を心がけています。
太郎君も健太郎君も王子という下町人情に支えられて存在しているように思います。高級住宅が多く存在する都内のある区の全特別養護老人ホームに問い合わせましたが犬を飼っているところはありませんでした。行倒れ犬を放ってはおけない人々、お年寄りのためであれば犬を飼う手間を惜しまないスタッフ、苑での犬の存在を暖かく見守るお年寄りの家族、犬を素直に受け入れるお年寄り、そんなところに下町人情を感じるのです。他の老人ホームでは難しい飼い犬、それができるのは苑トップの水野さんが先頭に立って進めていることもありますが、それを後押しする土地柄があってこそでしょう。そんな土地柄で生まれ、育ち、老いていくお年寄りたちが羨ましくもありました。
Yahoo!セカンドライフ犬のコラム担当もしばらくお休みとなります。つたない文章をお読みいただきありがとうございました。またどこかで書きはじめるつもりです。