暮し

No.093:自転車と正面衝突

 あまりにも気楽で能天気な暮らしに対する警告なのでしょうか、鎖骨骨折で苦しんでいます。自転車との正面衝突、それは前々回の「過信大敵」どころか、「油断大敵」いや「無鉄砲」ともいえる結果でした。

 暗闇の中を自転車のライトらしきものが近づいてきたので、自分の存在を知らせようと手にしたライトを振ったまでは覚えているのですが、気がついたときには救急車のタンカーに乗せられるところでした。気を失っていたようで、GPS記録によるとこの間約25分です。何人かが集まっている様子で話し声が聞こえます。救急車に乗せられて、頭のこぶ、救急隊員曰く「たまごぐらいあるなぁ」、など目に見えるところの応急手当を受け、身元を訊かれ、妻に電話し、救急隊員が事故概要を妻に説明してくれました。妻はさぞかし驚いたことでしょう。サイレンの音をバックに、事故を聞かされたのですから。私は生まれて初めての救急車の中で、いったい何が起きたのか考えましたが、意識がなかったので何も分かりません。

 21歳の男性が乗っていた自転車との正面衝突とのこと、全容はいまだに分からず、いづれ行われる現場検証ではっきりすることでしょう。10月3日、富士山一周100kmの1泊2日歩き旅での1日目、御殿場を出て50kmほど、あと数kmでホテルでした。ホテルは朝霧高原のゴルフ場にあり、だいぶ前から周囲には明かりがほとんど無く街灯も無いので、まだ19時だというのに道は闇の中です。東海道歩き旅で夜は慣れていたものの、これほどの暗さは経験ありません。奈良在住の友人が、夜は暗くて歩けない、といっていたので一応気にはしていたのですが、予備のライトを100均で買ったぐらいでした。もっと強力なライトかチカチカライトを用意すべきでした。

 搬送された富士宮市の病院で、頭はCT検査で問題なかったのですが、痛みのある左肩のレントゲンで鎖骨骨折と診断されました。それに、気を失っているときに路上の異物が喉に入り込んだのか、喉が痛みます。頭を打っているので様子見の入院、左肩と喉の痛みであまり眠れないまま、翌日退院して家に帰りました。土曜日だったので、月曜日を待って近くの総合病院へ。丁度台風が静岡に上陸した時間で、道路がちょっとした川状態となる大雨、弱り目に祟り目です。

写真
我が闘病生活

 頭はMRIで後日診ていただくようお願いして、左鎖骨骨折は固定バンドで骨がくっ付くのを待つこととなったのですが、喉は奥が大きく腫れていて、このまま大きくなると息が出来なくなる、と脅かされ、そのまま入院となりました。抗生物質と消炎剤を1日5時間ほど点滴する、点滴入院です。30年ほど前の痔の手術以来の入院、点滴だけなので気は楽、闘病生活を撮ろうと、カメラ持ってきて、と妻に頼むほどの余裕、もちろんパソコンも。歩けて、パソコン操作さえ出来れば気持ちは元気でいられるようです。腫れが引いて退院するまで5日かかりました。後半3日間は、点滴の合間に家に帰って仕事メールを処理しています。とにかく暇で暇で困ったので。

 ところで医療費、相手の自賠責特約で全て支払うことになっています。それも余裕の一因かも知れません。保険はありがたいものです。保険会社からご丁寧なお見舞いの言葉と、全額支払うとの電話がありました。もちろん相手の両親からも同様の電話が。本人からは一言もありませんが。現場検証のときにとくと顔を見てやります。もっとも相手もそう思っているかもしれません。真っ暗な中を一人で歩いているなんて、いったいどんな年寄りだ、と。自転車から落ちて怪我をしたらしいし。

 骨折して今日で4週間、骨がくっ付く気配はまだありません。年寄は時間がかかるそうです。骨折部分の痛みはもう無いのですが、寝たときに腕が痛みます。寝始めはなんともないのですが、2時間ぐらいすると痛みで目が覚めてしまい、1時間ぐらい起きていて痛みが引くと寝るのですが、また2時間後ぐらいに痛みで目が覚めてしまいます。毎日、もう3週間続いています。左腕を使わないので五十肩状態になっているようです。

 事故の2日前に大学時代の友人たちと飲んだとき、ウォーキング趣味少々やり過ぎ、とやんわり注意されたのですが、真っ暗な中を歩くなど、まさにやり過ぎでした。これからはもう少しゆとりあるウォーキングにしようと考えていますが、性格上それができるかどうか。

追:これを事前に読んだ妻が、反省が足りない、と少々お怒りです。富士山一周も、1泊2日ではなく2泊3日にしろ、と妻は言っていたのに、聞く耳持たぬ、私だったので返す言葉がありません。

の記事

No.203:人生の転機となった学校 (2023年12月31日)

 「授業中もぼんやりしていることが多い」とか、「教科書を忘れて来る」、「えんぴつも持たずに登校する」とかを小学校の通信簿連絡欄に書かれていた私ですが、中学に入ってからは少しまともになりました。

No.198:睡眠は改善したものの・・・ (2023年07月31日)

 スマートウォッチによる睡眠の質が「良し」となる「睡眠スコア80以上」の日が続いています。記録し始めた昨年7月から、30日移動平均が75から80の間で上下していましたが、今年6月から80超えで安定し、現在82超えとなっています。ですから免疫力には少々自信があったのですが、7月に帯状疱疹になってしまいました。年金生活者にとって、健康維持は大切なお仕事、お務めのようなものですが、いろいろ努力しても歳には勝てない、ということなのかもしれません。

No.197:帯状疱疹になりました (2023年06月30日)

 痛みが一日中治まらず、夜眠れずに痛み止めを飲みました。原因は帯状疱疹だったのですが、痛み出してから1週間ほど経って首に発疹が出て初めて分かったのです。眠れないほどの痛みは数日でしたが、一日中の痛みは3週間ほど続き、その後も若干の痛みが1週間ほど続きました。

No.193:睡眠スコアその後 (2023年02月28日)

 今月、スマートウォッチの睡眠スコアが63になった日がありました。89~80が「(睡眠の質が)良い」で、79~60は「やや低い」、59~は「低い」なので、「低い」に近いスコアです。気のせいかもしれませんが、スコアが高いと体調が良いし、低いと寝不足感があります。

No.187:睡眠スコア (2022年08月31日)

 睡眠の質が「良い」の睡眠スコア80を越える日が増えました。睡眠スコアはスマートウォッチを着けて寝ることで測定します。今月前半2週間では、80を超えたのが2日、平均74.6でした。それが、後半2週間では80越えが6日あり、平均80.3と、平均で5.7ポイント上がりました。前半2週間は暑さのため昼間のウォーキングをやめており、後半2週間は、ジムマシンでの屋内昼間ウォーキングを始めています。運動量の違いが、睡眠の質の違いになった、ということだと思います。

No.183:帝国ホテル特製フレンチトースト (2022年04月30日)

 京都、横浜、シカゴ、銀座など、「おしゃれ」を連想させる地域が勤務地でした。そして今、内幸町の帝国ホテル東京となり、「高級」という響きが加わりました。おしゃれや高級とは最も縁遠い私が、そんなところで働くなんて、不思議なめぐり合わせです。最近暑くなってきて、半そでTシャツでの出勤、そんな恰好だと帝国ホテルに入れてもらえないわよ、と妻に言われながら出かけます。

No.182:マンションの売却 (2022年03月31日)

 貸していたマンションを売却しました。入院中の長兄が自宅を売ろうとしたのですが、そのうち物事の判断ができなくなり、売るに売れない状況になりました。家が売れたのは長兄が亡くなってからです。そんなことがあって、80歳までには売却しておきたいと考えていました。

No.181:勤務先は帝国ホテル (2022年02月28日)

 事務所のボスが事務所兼自宅を売却して新しいマンションを購入しました。マンション完成まで2年弱あるので、それまでを帝国ホテル東京で過ごすと決め、昨年の12月からホテルに住んでいます。このため、私の勤務先が帝国ホテルとなり、それまで歩いていた自宅から新宿が、自宅から内幸町となりました。

No.175:囲碁三昧の日々 (2021年08月31日)

 「何で(事務所に)来ないの!!」と事務所のボスに責められぎみです。事務所への往きは歩きなので、感染の危険は渋谷スクランブル交差点付近ぐらいですが、帰りは電車なので、小さいとはいえ感染リスクがあります。感染力の強いデルタ株で感染が爆発しており、どこに感染者がいるか分かりません。それに、感染したら自宅療養、という切迫した医療状況なので、避けることができるリスクは避けるべきでしょう。

No.174:月を眺めるひととき (2021年07月31日)

よく出会う80代と思われるお二人、ご夫婦に違いなく、女性は杖代わりのように男性の腕をつかんでゆっくりゆっくり歩いています。お二人に出会うのは夕食後の妻との散歩のとき、我々の10年後を想像してしまいます。どちらかを杖代わりにして散歩しているでしょうか。お二人の歩きはおそらく健康のためでしょう、敬意をもって見つめています。


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