おやじの新もの好き
おやじは新しもの好きで、氷で冷す冷蔵庫、手で振る洗濯機、手ぬぐいで背中を洗う要領で使うマッサージ器などを買ってくる。TVは近所で最初に買ったはずだ。近所の子供達が窓の外からTVを観ていたのを憶えている。TVの場面で雨が降りだすと、「雨だ」と言って家に帰ってしまう子がいたぐらいTVはめずらしかった。
偉くなってからのおやじはあまり物を買わなくなったように思う。買うチャンスがなくなったのかも知れないが、それよりも子供が大きくなって、新しいものを買っても喜ぶ人がいなくなったからではないかと思う。そのほうが子供一筋のおやじらしい。
貯金箱
おやじには可愛がってもらった。肩車をして風呂に連れてってもらったのは兄弟でおれだけだったようだ。おやじが出勤するときに手を振って見送るのもおふくろに抱かれたおれだった。おやじに貯金箱をもらったことがある。透明なプラスチック製で高さ5cmぐらいの硬貨径の筒4つが、上から見ると桜の花びらのように円形状につながっていて、横に銀行名が書いてあったように思う。一つの筒に同じ種類の硬貨を入れる。おやじがこまめに小銭を入れてくれた。
貯金箱が一杯近くになると、兄弟みんなが集まってきて「このお金を何に使うか」をまるで自分達のお金のように話し始めた。「どうせお父さんが入れた金だろう」というのがみんなの言い分だ。おれも大人しくうなずいていたと思う。昔から欲のない人間だったのだ。でも何に使ったのか思い出せない。あまり欲しくもないものを買ったに違いない、いや買わされたに違いない。おやじに可愛がられておっとり育ったのかも知れない。
消防学校の見物
小学校から1kmぐらいのところにおやじが勤めている消防学校があり、課外授業での見学会があった。最初に消防学校の説明があり、おやじが説明役だった。消防学校の門を入ったところにある少し広いところでみんなを集めて説明する、そんなおやじの姿をみてとても誇らしかった。あふくろのおやじをたてる姿を日ごろ見ているため、おやじが偉いのは疑いのないことだったが、この日はそれを目の前にしてドキドキしたものだ。おやじがPTAの役員をやっていたので、この見学会となったのかも知れない。職場での凛々しいおやじを見て何かが心の中に残ったように思う。おやじが消防署長になってからはおやじの職場近くにいつもいたにもかかわらずが、おやじの働く姿はあまり見ていない。この日の印象だけが残っている。
街灯
3歳から13歳まで住んでいた消防庁の職員住宅は消防住宅と呼ばれ広い敷地内に多くの家があった。敷地入口には石の門があり、門を入ると小さな広場で、その広場を囲むように右側が2階建アパート、左側が偉い人たちの大きな住宅、正面が我々の小さな住宅群となっていた。門を入ってすぐ左側に街灯があり、碍子製のスイッチを右に廻すと明りが点く。おやじがおれを銭湯に連れて行くときスイッチを回す。その手元をじっと見つめ、点灯の権限を持つおやじってかっこいいと思ったものだ。おれもスイッチを回してみたいと考えたのが電気への興味の最初だったかも知れない。