「きれいだねぇ」、うっとりした口調で隣の女性がつぶやきました。浅草木馬館、絢爛豪華な衣装をまとい、美女に変身した男性が妖艶な舞踊を披露しています。美しい顔立ちと美しい身のこなし、夢中になる女性がいるのも不思議ではありません。166席の小劇場は満席、通路に追加された小さな丸椅子も満席、ほとんどが女性で、30歳台から70歳台と幅広く、お洒落をしての観劇です。
舞台と客席は近く、役者は観客に目線を送り、観客は役者に1万円札や品物を贈ります。豪華な和服と帯のセットの贈り物もありました。若者が集うコンサートのような熱狂ぶりではありませんが、静かな熱情を感じる真剣な眼差しがあります。役者と観客の一体感があるなか、私と大学同期の友人たち年寄男性5人はちょっと浮いた存在だったかもしれません。他の観客と比べると、さほど真剣な眼差しもなく、拍手や手拍子も少し控え目、1人は芝居のほとんどを寝ていました。しかも客席エリアのほぼ中央で、結構目立ちます。「今日はやりにくいなぁ」と役者が楽屋でぼやいていたかもしれません。
隣の女性は70歳後半、20年前に旦那さんに先立たれ、いまは娘さん家族と宇都宮で暮らしているとのこと。5日前から隣のリッチモンドホテルに宿泊して木馬館に毎日通い、明後日に帰る、と話してくれました。リッチモンドホテルの会員、とのことなので、かなりの頻度で来られているに違いありません。ある曜日の木馬館座席表を見ると、166席のうち24席が年間予約となっています。週1回、その曜日に年間を通して観劇する、という人のための予約席です。みなさん、いつ来ても、何度来ても楽しい、ということなのでしょう。
小難しいことはなく、美しい容姿や舞踊、笑いと涙の人情芝居や悪を懲らしめる立ち回り、それらを楽しむ、分かりやすい大衆演劇なのです。私も、思わず見とれたり、笑ったり、拍手をしたりしていました。ただただ楽しむ、理屈はいりません。飲み食いは自由、すぐ後ろからスルメの匂いがしていましたが、それも和気あいあいの雰囲気を醸し出し、楽しいものでした。
3時間半の熱演後は座員がみなさんを外でお見送り、座長は一人ひとりと握手します。70年以上生きてきて初めての体験、感謝を込めて私も握手していただきました。座長との写真撮影を待つ行列もできていて、外人が、「何だろう?」という顔つきで眺めています。これぞ日本の芸能、歌舞伎の流れをくむ大衆娯楽です。この歳まで知らなかった世界を見せていただきました。席を予約してくれた友人、たまたま東京に用事があったとのことですが、わざわざ並んでの予約に感謝、感謝です。観劇の後は、神谷バーでの飲み会となり、浅草を堪能した一日となりました。