愛犬モモの四十九日の法要がしめやかに執り行われました。お骨を納めている深大寺動物霊園での合同法要です。深大寺のお坊様にお経を唱えていただき、成仏を願いました。成仏する、つまり悟りを開いて仏様になる、というのはあのボケーとしたモモからは想像しにくいのですが、犬といえども亡くなれば仏様になるということでしょう。
散歩では、他の犬には無関心で、ひたすら匂い嗅ぎに熱中し、家では、私が帰宅しても知らんふりしている、そんなマイペースだったモモのこと、いまごろ広い天国をうろうろしながらあちこちの匂いを嗅ぎまくっているか、どこかで寝ているかで、仏となって我々を見守ろうなどという殊勝な心がけは期待できません。でも、我々のことをときどきは思い出してくれているのではないでしょうか。13年以上も連れ添ったのですから。
合同法要には19組の家族が参列し、亡くなったばかりのペットたちを偲んでいます。ほとんどの方は普段着姿ですが、なかには黒い服装で数珠を持った夫婦もいて、祭壇に向かって手を合わせ、涙目と思われる方もおられました。祭壇には、大小さまざまな骨壺が綺麗な骨袋に入って並び、それぞれに可愛いお塔婆を立てて供養しています。モモのところには写真も置きました。2枚を貼り合わせて両面写真とし、ラミネート加工したもので、1枚は我が家にやってきたばかりの13年前、もう1枚は3年前です。見比べると歳をとったのが歴然としており、我家に来てから亡くなるまでの、長いような短いようなその歳月を思い起こしてくれます。
緑に囲まれた霊園中央に高くそびえる慰霊塔、そこに奉られたご本尊の前にモモたちのお骨が並び、若く凛々しいお坊様がお経を唱えます。朗々としたお経、分かりやすい説法で、とても立派なお坊様でした。さすが由緒ある深大寺です。説法もしない、手抜きと思わざるを得ないようなお寺もあるというのに。お経の間に、各家族がお焼香して、最後に各ペットの戒名?が読みだされます、「もも号どの」と。ほとんどが犬で、猫が数匹、鳥、ウサギが1羽づつでした。それぞれが家族の大切な一員だったのでしょう。法要が終わり、写真と一緒にお骨を納骨堂に戻してから、深大寺門前でお蕎麦を二人で食べました。これで2回目ですが、同じ深大寺蕎麦でも、お店が違うと味も違うものです。池を見渡せる大きなお蕎麦屋さんで、お斎(おとき)に使う大きなお座敷もあり、休日ということもあってか、大変な賑わいでした。
四十九日を過ぎて、成仏したはずのモモが、彼なりに我々を見守ってくれていることでしょう。モモに止められた、に違いない今年のお伊勢参り、来年の道中はモモがしっかり守ってくれる、と信じています。