江戸時代の色彩は、とても自然で穏やかなものだったようです。昨年「NHKスペシャル 歌麿 紫の謎」で浮世絵にかける歌麿の徹底したこだわりを知りました。放送は、ボストン美術館で封印され、100年近くものあいだ光が当たることなく保存されていた浮世絵、スポルディングコレクション、そのデジタル化映像によって新たな真実が浮かび上がってきた、というとても興味深い内容でした。
摺りたてともいえる浮世絵からは江戸時代の生きいきとした断片が見えるにちがいない、と考えぜひ観てみたいと思っていたのです。今月、それが実現しました。高度なデジタル映像技術と印刷技術によって、色彩はもとより、その質感までをも再現した印刷物が出版されたのです。
歌麿の浮世絵8点セットで、早速手にいれてじっくりながめてみました。歌麿が作り上げた色彩は、日本の自然にも似た、落ち着きのある、穏やかなものでした。現代の出版物には強い主張の色があふれていますが、やや控え目なこの色こそが日本人本来の色彩感覚のような気がします。観ていて、落着く、飽きのこない色合いなのです。自然と共にあるつつましい当時の暮らしぶりが感じられます。人びとが好んだであろうこの色合いを、歌麿は苦労して作り上げたのでしょう。
歌麿が特にこだわった紫、民衆が憧れた紫、8点セットには内容によって微妙に異なった紫が使われています。現代に残る浮世絵のほとんどからは変色し失われている紫、それが残っているスポルディングコレクションは貴重な歴史遺産でしょう。それが、高度な印刷技術によって再現され、我が家にもやってきたのです。色彩だけでなく、描かれた内容からも多くの物語を想像させてくれます。浮世絵に人生をかけた歌麿とそれを楽しんだ人びとの姿を思いながら、大いに楽しませてもらうこととします。
江戸時代はわたしの憧れでもあります。ゆったりとした時間、穏やかな暮らし、物質的には貧しくても心は豊かな時代、そんなふうに考えているからです。そんな勝手な想像を、この浮世絵はさらに掻き立ててくれます。8点を順番に飾って、ながめて、想像して、楽しむことができそうです。手元に置くことで、これからの楽しみがまた一つ増えました。