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マスコミの学校

山田ゴメス氏:フリーライターになる

 「ライターは作家とは違う。黒いものを白く書けと発注者が言えば白く書くのがライターだ」と始まったフリーライター&イラストレータ山田ゴメス(やまだ ごめす:1962年大阪府生まれ)氏の「フリーライターになる20ヶ条」では、「都心に住め。深夜、タクシーの短距離で帰れるところに住まないと仕事を逃がす」といった現実的で、作り物ではない迫力と氏の逞しさが感じられた。
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山田ズーニー氏:文章力②<機能する文章術/人を動かす文章力>

 山田ズーニー氏文章力ワークショップ2回目だ。1回目(11月12日)が「自分の想いを表現する」で、今回は「一人の人に伝える」がテーマとなる。次回「多くの人に伝える」で1つのコースが完了する。雪のためか1回目の2/3程度の参加者となったが、今回も「良いワークショップでした」という山田氏の評価をいただいた。多くの高校生の小論文を山田氏が読んで感じたのは「自分の声をだしていない」「他者がいない(自分の中にある世界が全て。自分の外にある世界との係わり合いがない。他者に伝わらない)」ということだった。前者が1回目の、後者が今回および次回のワークショップのテーマとなる。
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二宮清純氏:スポーツライターになる

 TV、新聞、書籍で幅広いテーマに取り組んでいるスポーツジャーナリスト二宮清純(にのみや せいじゅん:1960年愛知県八幡浜市生まれ)氏は、何にでもコメントできる情報と頭の回転の速さを持っているようだった。長身でがっちりした体格、黒を基調としたファッション、彫りの深い顔立ち、途切れることのない豊富な話題、まさにTVが放ってはおかない人材だ。二宮氏は、書く作業の90%を取材に当て、報道された情報でも鵜呑みにしないと明言する。そんな中でTVで活躍し、多くの書籍を執筆する氏の体力、気力の大きさを実感した講座となった。 <全文です>
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額田久徳氏:情報誌の作り方

 幻冬舎が初めてだす雑誌「Goethe(ゲーテ)」の編集長額田久徳(ぬかだ ひさのり:1962年生まれ)氏の講座は実践的な内容だった。また、一部上場の社長秘書から出版社の編集者者に転職した若い女性を連れてきて、転職や編集での実体験を語らせるなど、身近で分かりやすい内容でもあった。ワールドフォトプレス広告部から同社編集部にスカウトされ、更に幻冬舎にスカウトされた氏は「どんな仕事でもやりたいことがやれるチャンスがある」と言う。どんな仕事にも真摯に取り組んできた結果なのだろう。この講座でもそんな姿勢を強く感じた。
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永野啓吾氏:情報収集力~企画力

 ダカーポの編集長永野啓吾(ながの けいご:1953年熊本市生まれ)氏の講座は受講生の多くの質問に答える、実践的な内容となった。
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佐々木弘氏:取材力⑤<週刊誌の取材>

 「週刊文春」の記者として多くの事件を追いかけてきた佐々木弘(ささき ひろし:1936年生まれ)氏の話は、鮮度が命の事件取材における素早い判断力と行動力の大切さを教えてくれた。人生の大半を事件取材に費やし、日本全国はおろか海外50カ国以上を歩き回った氏の記者としての嗅覚は経験と共に磨かれていったようだ。
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喜田村洋一氏:ジャーナリスト編集者に必要な法律知識

 週刊文春などをめぐる裁判を担当している弁護士喜田村洋一(きたむら よういち:1950年生まれ)氏より名誉毀損、プライバシー侵害、著作権について編集者・ライターが知っておくべき法律知識についての講義を受けた。「社会的な評価を低下させた場合に名誉毀損となる、事実かどうかとは別」「他人に知られたくない私事を公開すればプライバシー侵害となる、真実性は問題にならない」とのことで、これらの裁判での主な争点は「報道内容の公共性」となる。著作権侵害にならない「正当な引用」の条件は「公表された著作物であること」「引用の目的上正当な範囲であること」「引用された著作物が従的であること」「公正な慣行に合致すること(出典の明記)」である。個人情報保護法上では「イベント写真などで顔がはっきりと認識できる場合は個人から削除を求められる」可能性がある。といった内容だった。 <全文です>
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猪瀬直樹氏:作家への道

 道路公団民営化委員会委員として注目されたノンフィクション作家猪瀬直樹(いのせ なおき:1946年長野県生まれ)氏の講座は道路公団民営化の成果発表会となった。「七人の侍」と期待されていた7人の民営化委員のうちの5人が「民営化とはいえず、新しい特殊法人が増えただけ」(川本裕子氏)などと発言して辞任する異常事態のなかで踏みとどまった猪瀬氏が民営化の成果を主張する姿はなぜか寂しげに見えた。
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矢崎泰久氏:人脈力①<人脈をどうつくり、維持するか>

 赤いセーターに黒いブレザーとズボンのとてもおしゃれないでたちで、ユーモアをまじえて軽快に話を進めるジャーナリスト矢崎泰久(やざき やすひさ:1933年東京生まれ)氏は、一時は発行部数20万ともなった雑誌『話の特集』(1965年創刊、1995年休刊)の編集長兼出版社社主だ。タバコ『ハイライト』の箱のデザインなどで当時頭角を現していたデザイナー和田誠氏と一緒に、既成の枠にとらわれない新しい創造の場を作家やアーティストたちに提供したことで、 『話の特集』には寺山修司、横尾忠則、立木義浩、竹中労、伊丹十三、谷川俊太郎、三島由紀夫、五木寛之、筒井康隆、植草甚一、永六輔、篠山紀信といった新進気鋭のメンバーが集まってきた。
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田原総一郎氏:ジャーナリストの心構え/知っておくべきこと

 マスコミは時世に迎合する。そうしないと新聞も雑誌も売れず、TVも視聴率が取れないからだ。戦争直前にマスコミが「戦争賛成」となるのも権力からの圧力のためではなく時世に迎合するためだ。とマスコミの危うさや限界を視野にいれつつジャーナリズムの現場で真実を追うジャーナリスト田原総一郎(たはら そういちろう:1934年滋賀県生まれ)氏の話は一つ一つに重みのあるものだった。雑誌「WiLL」も最近右よりだが、それは売れるからであって花田さんが右というわけではない、といった田原氏ならではの発言も面白い。
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