国内旅行 年末総決算

No.191:鹿児島・宮崎旅行

   今年は8回も国内旅行に出かけました。盛んに旅行したアメリカ駐在時代にもなかった頻度です。家を売って気が大きくなったわけではありません。コロナ禍前の年2回ほどの海外旅行よりも少ない出費です。旅行支援も背中を押してくれました。

白い噴煙を上げる桜島<写真へのクリックで拡大できます>

   今月は鹿児島と宮崎、妻は南九州初訪問、私は高校の修学旅行以来58年ぶりです。霧島温泉に2泊、ダンロップゴルフトーナメントのフェニックスCC隣接のシェラトンに1泊、A&Sクラスのホテルに宿泊して錦江湾沿いを走る特急「指宿(いぶすき)のたまて箱」に乗車する、というのが売りのツアーでした。ツアーにお任せなので、どうしても印象の薄い旅行となりましたが、素晴らしい青空の毎日で、白煙を上げる桜島や鬼の洗濯岩が続く日南海岸を楽しむことができました。

   特急「指宿のたまて箱」は、旅を彩る列車を数多く生み出してきた水戸岡鋭治さんデザインで、竜宮城とまではいかなくても、細部にわたりこだわった作りと乗務員のサービスで、心地よさを演出しています。沿線の人々が手を振ってくれるのも、歓迎されているようで、心地よさを高めてくれます。「九州新幹線全線開業CM」を思い起こしました。

   ゴルフ場に隣接したシェラトンホテルは、お風呂が林の中にあり、そこまで外の通路を200メートル以上歩きます。それで湯冷めしたためか、帰宅した翌日夕方に37.6℃の発熱がありました。その後夕方になると37.1℃程度の微熱が10日ほど続き、友人から「コロナ感染に間違いない」と言われました。でも発熱以外これといった病状はなく、妻も何事もなかったので、コロナだとしたらかなりひ弱なコロナだったようです。普段朝8時前後の起床なのに、毎朝6時前に起きなくてはならないツアーだったので疲れもあったかと思います。早起きツアーとシェラトンホテルはこれからは避けたいところです。

今年の総決算です。

1.家族

残っている兄弟3人、コロナ禍もあって、今年は会う機会が1回もありませんでした。

2.友人たち

中学・高校の友人とほぼ3年ぶりにリアル飲み会、大学の友人とも3年ぶりのリアル飲み会、しかも1泊なので53年ぶりの合宿、会社の友人とは1人だけですがお正月に会え、友人宅でご馳走になりました。

3.趣味

町内会に代わる地域コミュニティの活動に参加したのですが、ストレスになるのでやめました。無理してまでやることではない、と。これに関連して囲碁サークルにも出席しなくなりました。いまは囲碁サークルのメンバーとオンラインで対局しています。

夏の暑い盛りに歩いて、体がふらついたのを機に、昼間のウォーキングをジムでのウォーキングに切り替えました。マシンでの筋トレもできるし、シャワーですっきりもするので、早くジムにすればよかった、と思っています。歩きは、ジム通い以前の8月15日までが、1,854キロ、ジム通い以後がスマートウォッチ集計で713キロ、計2,567キロ、年間の1日平均は7.0キロでした。昨年から1日平均10キロを切っており、これからはこんなペースになりそうです。

4.旅行

年末年始が京都で観光、4月が喜多方でしだれ桜、6月が湯河原と草津で温泉・旅行支援付き、7月が北海道でラベンダー、9月が伊香保で温泉・旅行支援付き、10月がひたち海浜公園でコキア、12月が鹿児島・宮崎で温泉・旅行支援付き、と8回旅行しました。11月に私だけ、大学時代の仲間と新潟県松之山温泉・旅行支援付きに出かけています。

5.日々の思い

地域コミュニティでの活動の難しさを知りました。ホームページ制作でお役に立つのではと始めたのですが、テストサイトを作っても反応に乏しく、役立っているという実感が得られません。また、会議では、ホームページだけでなく、多岐にわたる課題にどう発言し対応したらよいかわからず、ストレスが高まり、これは無理してまでやることではない、と思うようになりました。いまはあまり近寄らないようにしています。

6.日々の暮らし

今年は旅行三昧でした。旅行支援がそれを後押ししています。貸していたマンションを売却し、ひとつの節目の年ともなりました。手放す寂しさもありましたが、いつかは売らなくてはいけないので、借主が買う気になってくれた良い機会だったと思います。

7.仕事

勤務先事務所が帝国ホテルから赤坂の高級マンションに変わりました。床から天井までの大きなガラス窓は、近づくと足元に8階下の地上が見えて怖いくらいです。南側窓からはさんさんと陽がそそぎ、外には100メートル以上先まで緑の公園が広がっています。もう一つの大きなガラス窓の外にはホテルの庭園が広がっていて眺望は共に最高です。サントリーホールやホテル、大使館などに隣接した都心の一等地でありながら、これだけの眺望のマンションはないでしょう。駅からすぐで便利、勤務地にはいつも恵まれています。

の記事

No.214:80歳の壁 (2024年11月30日)

 会社仲間の集い、あわら温泉での宴の翌日、車3台で観光に出かけました。一緒に宿を出たのですが、内1台が集合場所に現れません。電話で、「どこにいるの?」と尋ねると、「第1駐車場」との答、ここの駐車場は1つ、第1も、第2もありません。結局、「一乗谷朝倉氏遺跡博物館」集合を「一乗谷朝倉氏遺跡」集合と思い込んでいたようです。事前に決めた行程が狂い、「行程表を見ていない」と、幹事は少々お怒りでした。

No.213:大人の休日倶楽部パスの旅ーその後ー (2024年10月28日)

 年3回発売されるJR東日本5日間乗り放題パス「大人の休日倶楽部パス」を初めて使ったのは2012年9月の角館でした。その後は毎年、最近は発売ごとに年に何回も使っています。お得なパスなので、行かなくっちゃ!!、ということなのですが、それだけではありません。

No.211:東北の祭 (2024年08月31日)

 高さ12m・重さ50kgの46個の提灯を吊るした竿燈280本が大通り一杯に揺らめく秋田竿燈まつり、幅9m・奥行7m・高さ5m・重さ4tの巨大灯籠「ねぶた」が大通りを練り歩く青森ねぶた祭、5つの絢爛豪華な吹流しで飾られた長さ10mの笹3千本が商店街を埋め尽くす仙台七夕まつり、この東北三大祭に加えて、高さ23m・重さ19tの巨大な立佞武多がゆっくりと進む五所川原立佞武多、棟方志功も描いたことがある弘前ねぷた、を一気に見物しました。5泊6日の欲張り旅でした。

No.209:「ありがとう 秀吉さん」の長浜 (2024年06月30日)

 今月は長浜へ、秀吉が初めて一国一城の主となり、城を造り、城下町を作りました。周辺から商人を集め、楽市楽座などの施策で町の経済を発展させた秀吉は、町衆に慕われ続けていたようです。天下人となって作った城下町、大阪の原点とも言える町なのでしょう。

No.208:名古屋観光 (2024年05月31日)

 今月は名古屋1泊での観光でした。名古屋と言えば名古屋城、そして金の鯱、本丸広場から大天守を見上げると、頂で黄金に輝く鯱が大天守を守っています。城に隣接した飲食店街・金シャチ横丁には実物大のレプリカがありました。本丸広場には、かつてそこにあった本丸御殿が、9年かけて復元され、6年前に完成公開されました。真新しく、美しく、きらびやかに、当時の姿を鮮やかに伝えています。

No.207:睡眠スコアその後のその後 (2024年04月30日)

 大谷翔平さんは睡眠を大切にしていて、遠征に寝具を持ち込んだり、日々の睡眠データを計測しているそうです。超ビッグな大谷さんを引き合いに出すのはおこがましいのですが、私も睡眠データを計測しています。私のデータは、睡眠の質を示すスマートウォッチの睡眠スコアです。それが、30日移動平均で、昨年7月28日の、100点満点中83をピークに、どんどん低下し、今年3月19日には70にまで下がってしまいました。

No.206:日本海に蟹を食べに行きました (2024年03月31日)

 「(福井県の)小浜に蟹を食べに行くけど・・・(行かないか?)」と京都在住の友人からメールが届きました。京都に住んでいた若いころ、日本海での蟹といえば、蟹、蟹、蟹の蟹尽くしのイメージがあって、しかも、今回のメンバー5人全員が会社の元同僚で、内2人は私と同じ大学、これは行かなくては、と即決しました。

No.205:長崎ランタンフェスティバル (2024年02月29日)

 旧正月を祝う長崎ランタンフェスティバルを見物してきました。旧正月のランタンフェスティバルといえば台湾、無数のランタンが夜空に舞い上がる風景が有名ですが、長崎も負けてはいません。無数の光るランタンが広場や通路の頭上にあり、人物や動物のオブジェや高さ10mにもなる大型オブジェが市内中心部のいたるところで輝いています。

No.204:年末年始は今年も京都 (2024年01月31日)

 年末年始は京都でした。3年連続ですが、どこを歩いても楽しく、街歩きに飽きることはありません。今回は、嵐電1日パスでの名所巡り、大津、宇治に足を延ばしての「紫式部ゆかりの地」巡りでした。6日間で11.5万歩、二人でぶらぶら歩いた楽しい旅でした。

No.203:人生の転機となった学校 (2023年12月31日)

 「授業中もぼんやりしていることが多い」とか、「教科書を忘れて来る」、「えんぴつも持たずに登校する」とかを小学校の通信簿連絡欄に書かれていた私ですが、中学に入ってからは少しまともになりました。


タイトルとURLをコピーしました